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まごころヘルパー/ 多恵ちゃん日記

2004年8月25日号─

全国のみなさま、ありがとうございました

 7月29日 午前3時30分、進行性胃がんとの壮絶な戦いに負け、夫はとうとう 帰らぬ人となった。69歳と4ケ月余りの命だった。
 最後まで意識があり、心臓の止まるまでは苦しみの連続だった。それでも治るものと信じ、一生懸命戦った。息が止まった時は、正直よかったね、楽になってと思った。涙がとめどなく流れた。顔を何度も子供のように撫でた。息子達も間に合わなかった。でもあの苦しい顔は、見せないでよかったとも思った。
 人は生きるために生まれてくる。身体も生きようとしている。死にたくても、そう簡単には息は止まらない。その戦いは、壮絶そのものであることを知った。
 思えば6月3日、総代会に行く前病院に寄って、主治医から突然「進行性胃がん」の末期で、余命あと1ケ月と言われてから、約2ケ月後のことになる。
 岩城理事長、永戸専務さんはじめ、皆様方の暖かい励ましとご理解に感謝しながら、私なりに後悔のない看病が出来たことを、お礼申し上げたい。私の仕事を理解してくれて、応援してくれていた主人、いつも病床で、仕事に行きなさい、東京でも何処でも行きなさい、自分は大丈夫だからと言ってくれていた。我慢強い人で、6月7日からぜんぜん食事も摂れなくなったが、平然としていて、人に当たることもなく、看護師さんから感心されていた。重い病気の割に、手のかからない病人だった。
 今思うに、この我慢が病気を引き起こしたのではと、悔やまれる。主治医から、6ケ月したら退院出来ると言われた言葉を信じ、後4ケ月と日を数え、孫のサッカーの試合を見に行くのを楽しみにしていた主人、永遠に実現出来ない。いや、天国で見られるかも。
 全国の労協の皆様、本当にありがとうございました。全国の組合員さんに助けられ、私も後悔なく主人をあの世に送ることができました。
 これからは、主人の気持ちにこたえ、私が元気な限り労協人として、地域で安心して暮らせる街づくりに励むつもりです。これからも暖かい応援と、ご指導をよろしくお願い致します。

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 中村さんが悲しみを乗り越え活動を再開しました。次号からは引き続き、多恵ちゃん日記を連載いたします。がんばれ、多恵ちゃん。
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category総合  time2011-11-25 11:55