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2010-02-05

弁当と老夫婦 ―「まだら呆け」の妻に精気が戻った―

石田哲治さん NPO法人あきた菜の花ネットワーク代表(秋田運送株式会社会長)

 労協連の永戸理事長から薦められ、佐藤剛史著『すごい弁当力!』を読み、ご夫婦でいっしょに弁当を作りはじめたという石田哲治さんから、お手紙が届きました。弁当が思い起こさせる情景、そして、弁当作りを通し、奥さまに元気が戻り、会話が増え、弁当に大きな力を感じたということが、ていねいな筆致でつづられていました。


「これ弁当箱だよ。今度、時々弁当を一緒に作ろうよ」

秋田運送 石田会長

 1月8日、センター事業団の所長会議の控え室で、永戸理事長、京都大学池上惇名誉教授とお話しする機会がありました。その時、理事長から、「弁当の力」についてのお話があり、大変興味をそそられました。帰りの電車の中で、いただいた『弁当力』の本をじっくり読みました。小学生から社会人になっても、私の時代の人は弁当持参は当たり前で、深く考えたことはありませんでした。ところが、この本を読んでいるうちに私の胸にピンと来るものがあったのです。
 弁当箱を開いた時の匂い、そして毎日弁当をつくってくれた母の仕草、顔。弁当を忘れて学校にいった時の虚しさなど、鮮明に蘇ってきたのです。

「そうだ! この弁当を妻と一緒に作ってみよう」




我が家は、87歳の私と88歳の妻、そして自分で店を構えて婦人服を扱っている55歳の娘の3人暮らしです。この妻が5年前から少しずつ記憶が薄れはじめ、今は「マダラ呆け」、いわゆる中程度の認知症です。
 昨年の暮れ、会社から帰ってきた私の顔をまじまじと見て、

「あなたは、どなたですか?」

 最初は冗談かと思いましたが、それが本物だとわかった時の衝撃、愕然としました。
 しばらくしてから私を夫だとわかってくれましたが……。
 こうした出来事があった時に、この本と出会ったのです。翌日弁当箱を買い求めました。

「お母ちゃん、これ弁当箱だよ。今度、時々弁当を一緒に作ろうよ」


 始め怪訝な顔をしていましたが、私がご飯を詰め、「さて、オカズを何にしようか、卵焼きにしようか、それとも茹でようか、ご飯の上に海苔をかけようか」
 と、迷っていると、もじもじしていた妻が自分で箸をもって、お新香をつまみ、おかず入れにいれたのです。何か思い出そうと考えている様子が見えるのです。できあがるのに相当の時間がかかりました。

 この日から妻に弁当を作ってもらうようになりました。そして回を重ねるごとに妻の顔の表情に明るさが少しずつですが、見えて来たのです。精気が蘇ってきているように思えるのです。どちらかというと沈黙がちな暮らしの中に、二人の会話が増えてきました。今は私もお昼に家へ戻り、妻と一緒にお弁当を食べています。
 一体、この事って、どうしてだろうか?
 弁当を作っていた昔を思い出してこういうことになったのか、それとも今、弁当を作ることの面白さが妻の心に生まれたのか、どうして精気が蘇ったのか、会話ができるようになったのか、ほほ笑みが生まれてきたのか。

 不思議なことですが、これが「弁当力」ということなのでしょう。
 弁当を一緒に作るなかで、妻と私の間に通じる何かが大きく作用しているようにしか思えないのです。心か、愛か、それとも人知を超える何か大きいものが存在しているのか、わかりません。

 今、私の一番の願いは、妻の症状がこれ以上進行しないこと、でき得れば元に戻って欲しいことです。
 妻の最近の様子を見て、つくづく感じます。
 何か目に見えない大きな存在が、弁当の中にきっとある、と。

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category総合  time2010-02-05 13:25