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わたしたちの軌跡

1971~1985 失業者・中高年者の仕事づくり「事業団」たる出発と成長

1971
西宮市で高齢者事業団が産声を上げ、全国各地で「失業者・中高年齢者」の仕事づくりを目指す「事業団」が誕生。自治体からの委託事業を柱に事業が広がる。
1979
全国から36の事業団が集い、「中高年雇用福祉事業団全国協議会」が結成される。
1982
全国協議会が直接運営に携わる「直轄事業団」が、千葉県流山市に設立され、病院の総合管理の仕事を柱に、短期間で全国各地に広がる。
1983
イタリアに調査団を派遣し、100年以上の歴史をもつ「労働者協同組合」の調査・研究を行い、「組織のあり方」の検討を開始した。

1986~1991 「労働者協同組合」としての旅立ち

1986
第7回全国総会において、正式に労働者協同組合組織への発展を決定。協議会から連合会へと発展。
1987
直轄事業団と東京事業団が統合し、モデル労協としての「センター事業団」を設立。「いま『協同』を問う」集会がスタートし、「労働者協同組合」を社会に問う取組みが始まる。協同組合を意識化する中で、生活協同組合との間で、物流業務をはじめとした提携事業が大きく広がり始める。
1991
協同総合研究所を設立。ICA(国際協同組合同盟)のCICOPA(労働者協同組合委員会)の会議への初参加を機に、国際活動が活発化する。

1992~1998 労働者協同組合への改革・高齢者協同組合づくり

1992
労働者協同組合としての「新7つの原則」を定める。そして、ICA東京大会において、日本の協同組合組織として、11番目の加盟が認められる。
1993
映画「病院で死ぬということ」の制作に関わり、全国で「100万人の感動」を目指す上映運動に取り組む。

この運動が、高齢者協同組合づくりの契機となっていく。

1995
阪神大震災以降、大きく進展したNPO・市民活動との連携が広がり、「地域づくり」「仕事おこし」を担う市民事業と高齢者協同組合づくりがはじまり、三重県で全国初の高齢者協同組合が誕生する。
1998
「労働者協同組合法」制定運動推進本部が発足。労働者協同組合の根拠法確立に向けた運動が本格化。

1999~ 地域福祉事業所づくり・新しい福祉社会の創造へ

1999
介護保険制度の開始を前に、ヘルパー講座が全国的に取り組まれ、「ワーカーズコープ方式」による「地域福祉事業所」づくりが、講座修了生を中心にはじまる。
2002
第23回全国総会において、「協同労働の協同組合」としての新原則が定められる。また、全国の高齢者協同組合を結ぶ連合会が結成される。
2003
厚生労働省「雇用創出企画会議第一次報告書」にて、雇用創出の柱に労働者協同組合が位置づけられる。全国ケアワーカー大集会が、沖縄名護市で、延2,000名の参加で開催される。
2004
25周年記念国際シンポジウムをILOの協力を得て、国連大学にて開催。全国協同集会を長野で田中知事(当時)を迎え、延2,000名の参加で開催。
2006
キューバ大使が本部来訪、モンゴル首相夫人が地域福祉事業所を視察。
2007
「協同労働の協同組合」法制化を求める団体請願署名運動が本格化するとともに、全国10都市で「法制化を求める市民集会」が連続開催される。
2008
「協同出資・協同経営で働く協同組合法(仮称)を考える議員連盟」が発足し、超党派での議員立法へ大きな一歩が踏み出された。