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ヘルパー養成講座の実現から「地域福祉事業所」立ち上げへ

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地域の高齢者の生活状況を知って ―ヘルパー事業への挑戦

配食サービスを始めたことで、岡元さんたちは初めて地域の現実に深く触れることになった。

自分から弁当を注文してくる高齢者はまずいない。娘、息子などからの依頼なのだ。大きな農家に1人暮らしか老夫婦の2人暮らし。「どういうものを食べてるかわからない。1食でもきちっとしたものを届けてくれないか」と、子どもからの注文なのだ。

配達すると、「よく来てくれた。まあまあまあ、茶をのんでって。上がって上がって」と、いろんな話をもちかけてくる。

「すみませんね。次の配達があるんです」
そういうと、がっかりされて、「そうかあ」と、門まで追いかけてくる。誰とも会わずに一日を過ごす高齢者がめずらしくないのだ。

「体の具合が悪いので、洗濯をしてもらえないか」というような話もよく聞いた。部屋の中が散らかり放題、という家もある。

「この人たち、倒れたり、何かあったらどうなるんだろうね」
「もうちょっと関われる仕組みをつくりたい」
「やるしかないよ」

とうふ工房を立ち上げる前、漠然と語られていたことが、もはや夢ではなく、必然となっていた。

こうして、ヘルパー事業への挑戦が始まった。

殺到したヘルパー講座受講生

98年1月に最初のヘルパー講座を開いた。

労協全体では、「市民自身が地域福祉の担い手に」と呼びかけ、94~95年からヘルパー講座を開きはじめていたが、まだ介護保険は始まっておらず、「講師をどう集めたらいいのか、会場をどうしたらいいのか、何をどこからどうやったらいいのかが見えなかったし、受講生が集まらなかったらどうするのかとか考えて」踏ん切れなかったのだ。

「ん? 何をいってるんだ、集まらなかったら、できないだけだろう?」
永戸専務にまた、あっさりとかわされ、逃げられなくなる。

一旦決まったら、猪年の岡元さん、本領発揮だ。“相手に教えてもらう”方式で3級講座の開講に挑戦した。

まず県の指定を受けなければならないので、県に電話して、どうしたらいいか聞いた。近くの地方庁舎に行くよう指示されたので、訪ねた。一般市民がヘルパー講座を主催することなどなかったので、「すごいですねー」と感心してくれたが、「書類のことはよくわからない」。後日、「がんばって」の言葉を添えて、書類が送られてきた。

次は深谷市と社会福祉協議会へ。
「地域の高齢者を支える役割をもつヘルパーになるのだから、市民が受講しやすいように補助金を出してほしい、会場確保に協力してほしい、広報に掲載してほしい、講師になってほしい」と要請した。

広報での紹介と講師は引き受けてもらえたが、担当者は「2万5千円もの受講料を出して受ける人がいるんですかねえ」と首を傾げた。それは、実は、岡元さん自身の不安でもあった。

ところが、受付開始日から申込みが殺到した。電話は一本しかないので、いつも話し中となる。

市から「どうなっているのか」と問い合わせがきた。広報にのった関係で、市にも苦情がいったのだ。「申し込みが多くて」と状況を伝えると、市もびっくり。30人の定員に対し、申込者は200人近くに達した。

この年、3級を2回、2級を1回開き、99年に入って2回目の2級講座を開いたときは、最初から、「みんなで事業所を立ち上げよう」と訴えた。

「協同組合は人に命令されたりするのではなくて、一人じとりが意見を出し合ってつくりあげていくところ。働くことの中身、仕組みから自分たちで考え、話し合うから、責任をもつし、いいものになっていく。それが一番理想的な働き方。みんなの力を出し合えばできる」と基本精神を訴え、「仕事を他に持っていてもいいから、ぜひ登録して」と誰もが参加できるように呼びかけていった。

これまでの経験があるだけに、実感を持って伝え、呼びかけることができた。

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