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仕事おこしへの挑戦 「とうふ工房」「愛彩弁当」立ち上げへ

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いいものをつくれば、買ってくれる人がいる

「じゃあ、何をしようか」

もともと、生活者としては、地域に根付いている女性たちだ。いざ仕事おこしの話を始めると、「喫茶店」「お弁当屋さん」と、主婦の延長で、女性たちが集まればできそうなものが出てくるが、“これでいこう”とはならない。「安心・安全」「地域」「仲間」というような、これまでも追求してきたキーワードに響かないのだ。

このとき「夢として」ということだったが、「ヘルパーなども」と、地域の生活全体が視野に入れられていった。

このときたまたま、長野県北御牧村の主婦たちが1万円ずつ出資して村おこし事業として始めた豆腐づくりが順調だという情報を得て、さっそく希望者8人で訪問した。

国産大豆で、本当においしい豆腐。隣町からも買いに来る。1日に600丁を売って20人ほどが給料を得ている。

「おいしいもの、いいものをつくれば、やっぱり買ってくれる人はいるんだ!」
岡元さんはそう直感した。

それは、本物、まともなものを子どもたちに食べさせたいと、生協運動をやってきた人からすれば当然の生活感なのだろう。

「人間として、おいしいものは食べたいと思うじゃない。おいしいものだったらきっと買ってくれる人たちがいる。自分も食べたいから」
岡元さんはこんなことを、さらりと口にする。

北御牧の人たちからは「豆腐づくりは、にがりの打ち方だけ覚えればできる」「あなたたちは協同組合だからもっといっぱい力が出せる。きっともっといいものができる」と励ましてもらえた。

「これならできる!」200万を自分たちで出資

帰りの車中では、見学者全員が「これならできる」と興奮、他の仲間にどう伝えるかという話になった。

岡元さんは「あいまいな提案の仕方では絶対にだめ。“これならやれる、これをやろう!”と提起していこう」ともちかけた。
「そうだよね、“どうしようか”という提案じゃ進んでいかない」「自信をもったんだから、これでいこう」と8人で確認した。

「新しい仕事をおこす話し合いの場をもつので、興味のある方は、4時に仕事が終わってから会議室に集まってください」

呼びかけると、この先どうなるのかの不安もあったので、ほとんどの組合員が集まってきた。

熱のこもった提起に、出る意見も前向きだった。「ニーズはあるのか」「大豆はどうするのか」「お店はどこにつくるのか」。質問も次々に出た。

何回か会議を重ね、当初の経費見込み800万円のうち200万円は自分たちで出資する計画にした。平均すると、1人3~4万円になる。

「1万円くらいだったら、“出して”っていいやすいんだけど」という意見も出たが、「みんながこのくらい出そうというところまで意思統一できないと成功しないよ」ということで、200万と提起したのだ。あとの600万は、積み立てたお金と本部からの借り入れでまかなう計画にした。

「赤ちゃんからお年寄りまで食べられる、昔ながらのお豆腐」というコンセプトも決まり、議論はどんどん盛り上がっていった。

ショックと怒り

ところがある日、会議が始まると、みんな黙っている。
「どうしたの?」
岡元さんが声をかけるが、シーン。
「何があったの?」
重ねての問いかけに、「じつはね」と、一人が打ち明けた。
「みんなでよく考えたんだけど、これだけのお金をかけても、どれだけニーズがあるか。もし赤字になったら誰が責任を持つのか。もう一回、白紙に戻して考え直した方がいい、ということになったのよ」

「えっ! 何? なに言ってるのよ。ここまで話し合ってきたのに、何なのよ!やるしかないよ」しかし、みんなはまた黙ってしまった。
岡元さんにとっては、まさに寝耳に水だった。

“自分をはずして、いつのまにそんな話し合いをしたのか! 一緒に北御牧村に行った7人もか”――ショックというより、頭に来た。

本当は、陰で集まりを持った、というような大げさなものではなく、“やっていくっきゃないのよ”と突っ走る岡元さんの前では本音が言えなかった人たちが、会議が終わってから「ほんとにだいじょうぶなの」と不安を口にすると、「赤字になったらどうするの」「やっぱり無理」という方向に傾いただけなったのだった。

“もうだめかもしれない”と岡元さんも心の片隅で思った。しかし、揺るがなかった。 “やるしかない、みんなでがんばろうと、ここまで話し合ったのに、ここで引いたら…引いちゃならない”

「赤字になったら、私が責任を持つ」
そう言い切った。

リーダーが踏ん切らなきゃ

「責任持つったってさ、そんなお金ないから、持てやしないけど、そうでも言わなきゃしょうがないもの。誰だって、大変な部分には進みたくないという気持ちがある。やっぱりさ、先に立つ者がしおれてしまえばお終いになっちゃう。リーダーが前を向いて決断しなけりゃ進まない」
そんな思いだった。
重苦しい空気の中、ようやく一人が口を開いた。
「もしこのまま仕事が切られて、みんながばらばらになって、はい、さようなら、となったら、もう一回仕事をおこしたい、という思いになったとしても、もう集まりっこないよね。せっかくここまで話し合いをしてきたんだから、やっぱり、もう一回、やる方向で話し合おうよ」
北御牧村に行った仲間で、事業所委員の大越さんだった。

“ああ、よかった!”岡元さんは正直、そう思った。
流れは決まった。やっぱりこのままじゃいけないよね、踏ん切らなきゃ、と。

岡元さんは、労協人生の中で、一番の確信を持ったのが、このときときだという。

「すったもんだがあったからよかったかもしれない。新しいものをつくるのに、スムーズにいくはずがない。みんなでやっていける職場づくりができた。自分たち自身の職場ができた。委託でも何でもない。ここが確信ですよね」

身体は大切にし、食べ物にはこだわりのあった夫も、豆腐への挑戦には両手を上げて賛成してくれただけでなく、自分の家で豆腐を作れる木の型箱とにがりと大豆を買ってきた。
夫は東京都の職員だったが、にがりは大島の海精にがりがいい、と調べて、取引先まで連絡してくれた。
「その点ではすごい」
この話をするときは、岡元さんもにんまり。

このときのことを永戸理事長はこう振り返る。
「リーダーが本質のところで譲ってしまったら、その後はなかった。逃げれば楽だ。何もしなくていいから。しかし、もしそうしたら、みんな、あきらめて散る。岡元さん自身は人間不信になり、悪循環に入る。岡元さんは特別な人ではないが、特別な人だ。希有なくらい原理・原則的にやった。人はやる気になったらやるしかない。女、一度肌を脱いだらやるんだ、と意を決してやった。それは、ものごとが成功するときの絶対的条件だ。
岡元さんと他の人と、どこが一番違うか。他の人はやっぱり雇われることを考えている。雇われているかぎりで責任をおえばいいという易きに付く。大変なことは避けて通りたい。小遣い程度の価値を求めてやっている人は、雇われ者にならざるをえない。岡元さんは、自分たちも働けるし、地域の人たちのためになり、地域の人たちに認められる仕事なら一番いいと、素直に思っている。雇われるためにどうこうしようとしていない。その違いだよね」