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「社会 連帯 委員会 委員会 かながわ」復興 支援 ボランティア ボランティアレポート

労働者協同組合神奈川事業本部
(http://kanagawa.roukyou.gr.jp/)

救援ボランティアレポート
(http://kanagawa.roukyou.gr.jp/sub11.html)

から転載します。


第1回復興 支援 ボランティア ボランティアレポート
【概要 】
 平成23年4月29日~5月1日にかけて神奈川事業本部として救援物資の運搬及び今後の継続支援に向けての現地調査の目的で救援ボランティアに行った。
 鎌倉事業所の1.5t車を借用し、横浜事業所の竹内(基金訓練修了生で現在労協横浜事業所で仕事おこしに取り組んでいる)と髙成田の二人で石巻(労協石巻地域事業団・NPO東北フェアートレード)女川(労協女川地域事業団)を回る。
 4月29日夜10時半に池袋の本部を出発し、30日早朝6時半に石巻地域事業団、8時に女川地域事業団で救援物資を届ける。その後九時過ぎに東北フェアートレードに着き、残りの救援物資をすべて引き取ってもらい、その後彼らのボランティア活動に1日参加する。ボランティアの内容は牡鹿半島の漁村での炊きだしと、個人宅で避難している高齢者宅への物資の配達、全国から届く救援物資の積み降ろし等であった。途中神奈川事業本部の継続支援のため拠点として検討している「木の屋石巻水産」の空きビルを午後2時に視察、また夜6時から石巻市役所にて石巻市災害対策会議、7時より石巻専修大学にて石巻ボランティア対策会議に東北フェアートレードを支援する石巻専修大学の李東勲准教授に連れられ参加。夜10時半に石巻を発ち、5月1日早朝6時には鎌倉事業所に戻。


【救援物資】
・三浦市救援物資(三浦市民より提供され、市長より運搬を運搬を依頼)主に水やトイレットペーパー、オムツ等50箱
・ワーカーズコープキュービック(かながわフロンティア・ネットワークの呼びかけに応じ組合員より提供)主に衣類やタオル等
・労協本部(全国の組合員より提供)食材や調味料など(石巻事業団での瓦礫撤去作業のため全国より応援に入った方の食料)
・神奈川事業本部各事業所(たんぽぽで利用者家族等より提供)衣類やオムツ
【企業組合石巻地方中高年雇用福祉事業団
 事務所は津波で全滅し、現在は被害がなかった昨年秋に立ち上げたデイサービス「はま
かぜ」に事務所を移す。理事長を始め組合員の多くが家を流され、はまかぜで共同生活。4月30日より石巻市の瓦礫撤去作業を請け負うなど、少しずつ仕事を再開。デイサービスの再開等は不明。水やオムツなどの救援物資を届ける。
【企業組合ビロホ】
 女川町の多くが全滅するなか、事務所は高台にあり流されずに残る。しかしコバルトーレ(東北社会人1部サッカーリーグ)の仲間が活動していた宿泊施設は全壊し、また女川地域の地盤沈下が約1mと激しく、現在も満潮時には事務所の一階は床上浸水し、また大潮の際は道路も一部冠水するなどの被害がある。一部清掃業務等再開。水や衣類などの救援物資を届ける。
【NPO法人東北フェアートレード】
 ニート・ひきこもりなどの若者就労支援のNPO。元当事者も含め12名のスタッフで震災後のボランティア活動を行う。地元NPOの利点を生かし、牡鹿半島など孤立している地域をいち早く回り、避難所での共同生活が困難な自宅で生活する高齢者を訪問。最初は「大丈夫」と拒んでいた高齢者も訪問を繰り返す中で徐々に心を開き、現在では「寒い」「食料がない」「生活物資がない」など要望を伝えてくれるようになる。物資を届けると同時に、情報提供や精神面での不安も支えている。口コミで高齢者や家族からの依頼が増え、現在では100件の高齢者を支えているが、手が回らない状態。また5月の連休明けより避難所が解散し、個人宅に戻る高齢者が増え、今後も依頼が増えることが予想される。




特定非営利活動法人フェアトレード東北(ホームページ)

フェアトレード東北(ブログ)


【木の屋石巻水産】
 5階建てのビルで石巻吉野町という津波の被害があった場所にあり、1階は津波の被害にあっているが2階以上は無事。ビルの多くは使用しておらず、現在は救援ボランティア団体に無償で提供し、ボランティアの休憩・宿泊・集合地点となっている。まだ使用していない部屋もあり、労協への使用も快諾してくれている。物資の集積場所としては使えるが、事務所及び宿泊施設としては1階が被害にあっていることや周辺道路も満潮時には冠水することからも厳しい。
【石巻災害対策会議】

 市長がトップで震災直後から毎日開催される。市各課、消防、警察、水道局、東北電力、自衛隊、他応援行政など関係機関すべてが集まり、各自の活動状況の共有や調整を行う。まだ行方不明者が大勢あり、また停電世帯が2000世帯を超え水道等も復旧していない地域もあり、各担当で懸命の作業が続く。仮設住宅もようやく200戸市内中心部に設置。
 市長とも面会し、復興支援会議の髙成田委員の息子で労働者協同組合という市民主体の協同組合で石巻にも活動拠点があることを伝え、今後の復興に向けた支援を行う意思を伝える。
【石巻ボランティア会議】

 石巻専修大学をキャンプ地として拠点にし、石巻社会福祉協議会を中心にボランティア団体と共に石巻ボランティアセンターを設置。日本財団やピースボートなど大きな団体から移送や整体などを受け持つ小さな団体まで50団体を超えるグループが参集し、「ローラー」「メディカル」「移送」「リラクゼーション」「炊き出し」「マッドバスターズ」「キッズ」「心のケア」などグループに分かれ多岐に渡る支援を行う。5月の連休にも入り、当日は初めて3000人を越えるボランティアが石巻市内で活動したことが報告される。
【まとめ】

 報道等情報で物資やボランティアが充足しているような印象を持ってい入ったが、現地ではまだまだ瓦礫等もそのままの状態で手が付けられていなく、また物資等も不足している状態が見受けられた。特に牡鹿半島のような市中心部から離れた避難所や、避難所ではなく自宅で生活している高齢者には物資が行き届いておらず、限られた物資、あるいは全然物資が届いていない中生活を続けている。
 東北フェアートレードは従来若者就労支援を行う小さなNPOであったにも関わらず、震災後地元のNPOという特徴を生かし孤立している地域をいち早く回り、地域のニーズを掴み支援を続けている。物資やボランティアも多くのボランティアセンターが受け入れを中止する中、継続して団体でも個人からでも受け入れており、全国から物資が届き、ボランティアも受け入れ、小さな村と協力し炊き出しや個人宅への物資の配達を行っている。
 大きなボランティアセンターが3000人という大勢のボランティア受け入れ避難所や市街地の支援を行う一方で、小さなNPOが行き届かない小さな集落等への支援を行う、そのような役割分担を感じた。
 今回の視察を通じて、今回の東日本大震災の津波の災害が甚大なものであることを現場を目の当たりにして改めて感じた。家も財産もすべてなくしてしまった人が、自立していくためには多方面からの継続した支援が必要であることを感じた。また避難生活もまだ安定した状況にはなく、特に半島地域など過疎地域においては日々の生活すら保障されていない状況であった。神奈川事業本部として、社会連帯委員会かながわを通じて、多くの支援を呼びかけ、義捐金・救援物資・人的支援を継続的に早期に行っていきたい。特に今回ボランティアを手伝わせてもらった東北フェアートレードと連携し、大きなボランティアセンターでは行き届かない牡鹿半島など過疎地域の支援を継続してっていきたい。地域を絞り瓦礫の撤去などを少しずつでも継続的に行える体制を作り、住民の方たちと共に復興に向けての支援を行いたい。また不定期でも炊き出しボランティアを組織し、多くの人に
呼びかけ、食料等を持っていき少しでも温かい美味しい食事を提供すると同時に、現状を見てもらいその後の支援の輪の広がりを作っていきたい。息の長い継続的な支援を行うために、情報発信(ホームページでの報告やニュースの発行)と実際の支援活動が連動していくことで、支援への賛同の輪を広げなくてはいけない。
 最後に対策会議に同行してくれた李准教授との会話を記す。「1ヶ月前と対策会議の報告内容が変わっていない。市外からのボランティア団体が一方的に支援をしてくれているだけである。石巻市は14万人の小さな市で、今回の災害で市外への人口流出も続いている。石巻市民が復興に向けて自発的に行動し、ボランティア団体等がそれを支援する、そのような動きを今後作っていかなくてはいけない。働く人が主人公の労働者協同組合には、今後の復興支援に向けてそのノウハウなど期待している。」


第2回復興 支援 ボランティア ボランティアレポート

平成23年5月24日
1、概要
 社会連帯委員会かながわ(以下、社連かながわ)は平成23年5月21日(土)に宮城県石巻市にて炊き出し等ボランティア活動を行う。東日本大地震の後、3回救援物資を石巻・女川地域に運ぶ中で、地元で活動する「特定非営利活動法人フェアートレード東北」(以下、フェアートレード)と知り合い、代表布施龍一氏と連携し被害の大きかった石巻市港地区(石巻漁港近隣)2ヶ所にて炊き出し及び救援物資の供給を行う。社連かながわの呼びかけで神奈川県内のみならず、栃木・埼玉・宮城からも参加があり、総勢40名で行った。
2、ボランティア行程

平成23年5月20日(金)
14時 戸塚須山宅準備作業(野菜のカット)
21時 戸塚事務所集合(荷物の積み込み)、出発
5月21日(土)
8時 石巻イオンショッピングセンター到着(埼玉・宮城合流)
9時 2ヶ所にて設営及び炊き出し等準備(栃木合流)
11時 炊き出し開始
12時半 大門地区終了、片付け及び鹿妻地区に合流
14時 鹿妻地区終了、片付け
16時 フェアートレードにて残りの救援物資を降ろす、出発
24時 横浜駅解散

3、実施場所
(1)石巻市大門町1-1-73「十五浜屋」
(2)石巻市鹿妻北2-1-2 「牛各 鹿妻店」
※どちらもフェアートレードで事前にお店(両方とも津波の被害で営業停止中)のオーナーに連絡をしてもらい敷地を使っての支援活動の了解をもらう。
4、参加者

(1)労協センター事業団 東関東事業本部 栃木エリア 7名(市民会議参加者含む)
(2)労協センター事業団 東関東事業本部 埼玉エリア 4名(基金訓練受講生含む)
(3)労協センター事業団 東北事業本部 大崎若者サポートステーション 4名(利用者含む)
(4)労協センター事業団 神奈川事業本部 全エリア 15名(基金訓練受講生含む)
(5)かながわフロンティア・ネットワーク 3名(元日大教授、ワーカーズコープキュービック)
(6)一般参加 7名(日本大学学生、JA横浜職員、一般公募含む)

※日本大学 川手督也先生の授業にて労協の紹介及び呼びかけ(5月13日)
※朝日新聞神奈川版震災情報にて呼び掛け掲載(5月19日)
※そのほか、横浜パーソナル サポートのメーリングリストなどで紹介
5、活動内容
(1)炊き出し
①大門町 焼きそば、おでん、とん汁、おにぎり、フルーツゼリー、ジュース、生鮮野菜(トマト、いちご、アスパラガス、白菜、小松菜、大根、ねぎ)等
②鹿妻北 焼きそば、おでん、とん汁、おにぎり、フルーツゼリー、きんぴらごぼう、野菜炒め、チャーハン、生鮮野菜(大根等)、コーヒー等

※豚肉(BEANS SAUSAGE FACTORY)、野菜(横浜丸中青果)より安価で購入
※野菜 栃木農家、厚木農家より安価で提供又は寄付、埼玉基金訓練受講生が栽培し寄付
(2)救援物資
①水、ティッシュ、トイレットペーパー、オムツ、生理用品等(三浦市)
②ミネラルウォーター、絆創膏、ゼリー状消毒液等(ココカラファイン)
③衣類、鍋、皿、生活雑貨、漫画等(組合員)

(3)道具等提供
①テント2張(横浜市旭北地区連合町内会)
②鍋釜やかん(横浜市上白根コミュニティハウス)
(4)炊き出しの状況
①大門町
 より海岸に近い地域で、近隣の建物はすべて全壊又は半壊の状態。漁港が近く腐臭もある。決して人が住める状況とは言いがたいが、在宅で頑張って生活してきた方や、長期に渡る避難所生活も厳しく、半壊の家に少しずつ住民が戻ってきている状態。まだ30世帯く
らいしか戻れていないなか、初めて炊き出しがこの地域で行われ、住民は非常に喜んでくれた。
 高齢者がほとんどで、若い人や子どもはほとんどいなく、徒歩や自転車で取りに来た。十五浜屋のオーナーも家族総出で出てきて炊き出しと物資の供給を手伝ってくれたが、「○○さん元気だった?」という声があちこちで聞こえ、地域住民が久し振りに出会う場面となったようだ。印象的なシーンは子どもが「○○ちゃん久し振り!」と駆け寄って小学生の女の子同士が抱き合う場面があり、震災により子どもたちが分断させられていることを改めて実感。
 世帯は少ないので、実質70名くらいが参加し、炊き出しと救援物資を持っていかれたが、次回開催を非常に望まれているが伺えた。周り3~4キロは廃墟と化しており、お店は
一切やっていない。市中心部に行けばスーパー等も開業しているも、そこまでいく交通手段がない。避難所も近隣にはなく、孤立している地域である。瓦礫の撤去も道路以外はほとんど手がつけられていなく、震災及び津波の直後の状況のままではないかと推測される。
②鹿妻北
 大門町よりは少し内陸部に入った場所で、幹線道路沿いにある場所。近隣には鹿妻小学校があり、避難所として現在も多くの方が住まわれている。また近隣の家も津波の被害に
あった(それでも1メートル以上は浸かった内装等中はボロボロ)ものの、住める家も多く、自宅で生活している人も増えている模様。住民同士が連絡を密に取り、幹線道路沿いの炊き出しがあると口コミや携帯で瞬く間に情報が伝わり、当日もあっという間に100人以上の列が出来上がった。
 来られた方が帰ってから伝えるなどなかなか列が途切れず、結局予定開始時刻12時より大幅に前倒しで10時半ごろより実施したにも関わらず、終了は予定時刻14時まで行った。前半は並んでいる人数に対し供給できる食事の数が全然追いつかず、また横入りや、一人で幾つも取っていこうとする方もあり、不穏な空気が流れたが、住民の人同士で声を
掛け合い、順番に並ぶことや一人三個の原則を守ろうと声を掛け合い、無事に終わることができた。またきちんと遅れている理由や数が少ないことを説明をするとみなさん状況を理解をしてくれ、むしろ感謝の言葉を述べてくれる人が多かった。
 総勢350人くらいが来てくれ、持って行った食材及び救援物資(大門町の残りも含めて)冬物の衣類を一部除きすべてを持っていってくれた。
 また途中からインドネシア人のイスラム教徒のグループも東京や横浜から来てボランティアで食事やお菓子の提供を隣で行っていた。しかしこちらに余裕がなく、お話しや連
携をすることができず、労協新聞記者川地さんがお話を聞いてくれたのみに留まる。被災者の方も外国の方が急に来られ、また提供されていた食事もインドネシア料理(スープ等)であり、あまり近寄っていなかった様子。
 しかし川地さんの話によると、インドネシアのスマトラ沖地震の際に仙台からボランティアが来て助けてもらったことがあり、そのお返しのボランティア活動を東北地方で繰り返しているとのことで、連絡を取り連携しながら行うことで、より必要とされる活動にできるのではないかと感じた。






6、まとめ

(1)参加者感想
①大門町
・十五浜屋の人に「家の中を見て」と見せられ2m20cmくらいの高さまで浸かっていた様子を目の当たりにした。初めて他人を中に入れ見せたといわれた。義援金はまだ支給されていないとのこと。一部不満も聞かれたが、多くは行政に対しての悪口等は聞かれず、それよりも生きていくことへの強い思いを感じた。
・これは氷山の一角で、この惨状が東北中に存在しているはず。水は一昨日初めて通った
と言っていたがライフライン(まさに生きていくための必需品)がこんなに遅くてよいのか。この困難な状況の中、本当に優しい人が多く、こちらも「どこから来たの?」など声をよく掛けてくれた。焼きそばは作る時間が掛かる。
・多くの人に来てもらったが、来れない人もいるはずで、そこにも届けたい。生鮮野菜を喜んでくれる人が多く、やはり手に入れることが困難な様子。被災者だけでなく、ボランティアも多くの人との出会いがあり、嬉しかった。
・夏用の衣類が今後必要。エプロンなど片付けをす る服も必要。季節を先取りする。
・無事に終了した。「玄関に死体が何人もあった」という話をしてくれた人がいたが、これまで他人に話はできなかったようで、少しでも聞いてさしあげることができてよかっ
た。ドライバーが大変、義援金を募ることも良いが、参加費も定めて取って。同じ地域に行き続けることも大事では。
・人が住む状況ではないくらい臭いし、家は壊れている。
②鹿妻北
・事前に何が必要かリサーチが必要。牛丼など手早く出せる料理が良いのでは。
・予定時刻より相当早く並ばれ、オロオロしてしまった。初めてだったので、次回はもっと効率よくできる。品数なくても、量が必要。継続することが大事。
・段取りが重要。不公平感への配慮が大変。一人一個といっても「家族の分が」と言われると何も言えない。
みんなたった一杯のとん汁でも1時間以上も並び「ありがという」と言って持っていってくれ、切なく感じた。子どもが多く、火元に気をつける必要あり。現状を仲間に伝えて支援を広げたい。
・同じ日本とは思えない惨状。一瞬ですべてがなくなる恐怖を感じた。「炊き出しボランティアはいろんな団体が行ってくれているが、何度来てもらってもありがたい」(行政関係者)小さな子どもに「ゼリーこれだけ?」と言われ苦しかった。「可哀想に思われるのは嫌」と言われ、そのことも理解した。
・子どもとたくさん遊んだ。ヨーヨー釣りなど遊びを通じて子どもたちの笑顔に触れよかった。子どもの笑顔は親の笑顔にも繋がると思う。

・信号がまだ点いていない、仮設トイレでは手を洗う水もない(消毒液のみ)現状を見て、節電や節水を自分も心掛けているが、まだまだ贅沢な暮らしをしていると感じた。
・一人3個までというのが苦しかった。焼きそばを待っている人が長蛇の列となり炎天下でもあったので、整理券を配るなどの工夫が必要。
・焼きそばを作る道具や持ち帰りのビニール、調理時の衛生面(テントは被災者も気を配らなくてはならないが、調理台の上に置くべき)など改善が必要。個人レベルでは参加したい人が大勢いると思うが、受け付けていなく、また費用が高かったり、参加しても短時間の流れ作業で終わってしまう場合もあり、今回のような活動に一般からも参加できるのは非常によいと思う。

・焼きそばが大人気。1ヶ所20人くらいのボランティアで炊き出し+物資供給できたのは丁度よい規模だった。必要なものがきちんと準備されており、準備がしっかりできていた。後片付けが全員で一致団結して行い、非常に早くきれいにできた。
・準備中に並んでいる様子から早めにスタートするなど臨機応変にできた。最後に小さな女の子が来て家族の分のご飯を取りに来たときに、在り合せのチャーハンを作りだせてよかった。汚れていたスリッパのような靴を履いていて、生活の厳しさを感じた。日持ちする食料が必要。

・2ヶ月以上経っているというのに、まだ復興どころではなく、命を繋ぐ状況。水・電気も昨日通った状況。マスコミの報道で、2ヶ月も経ち、そろそろ大丈夫?という空気が流れていないか。本当に継続していかないといけない厳しい状況を認識。
・材料、道具をメニューごとに準備しておくことが大事。余った材料を生かした野菜炒めとチャーハンの対応力に驚く。最初の出発の時点でテントを忘れ積みなおしたことが、2ヶ所に分けておいたものがバラバラになった原因。
・日頃の仕事等で1000食以上のお祭り等をやっていたので、冷静になれば全然対応できる数 だったが、やはり経験がない被災地での炊き出しでパニックに。



(2)次回に向けて

 初めての炊き出しとしては幾つか準備段階での課題はあったものの、被災者やボランティアの言葉を見ると大成功だったと言える。なかなか現地の情報が分からないなか、炊き出しや救援物資の配給にどの程度必要性があるかも分からず、手探りでの準備、実行であったが、両方合わせて500名近くの人が来てくれ、喜んでいただいたことは本当に良かったと思う。 前回は牡鹿半島という過疎地域に行き、瓦礫の撤去などが進んでいない状況に驚いたが、今回は市街地であったにも関わらずライフラインの復旧もつい昨日で、瓦礫の撤去等に関してはまったく手がつけられていない状況に唖然とした。感想にもあったようにテレビや新聞等での報道とのあまりに違う光景に呆然とし、たたずんでしまう。

  一方であの厳しい環境で暮らし続けているにも関わらず明るく振舞っていた被災者の方々の心境に本当に頭が下がる。東北の人の、日本人の、我慢強さや他人を思いやる気持ちの大切さを学ぶ。もちろん限界があり、本当に個人が、団体が、地域が、日本中が被災地や被災者の現状を把握し、支援し続けることの緊急性を感じた。 このままのペースの復旧支援やボランティアが減っていくようでは、復旧はありえない。早く復旧の見通しをつけ、復興に向けての希望を住民の人たちが持てるようにならなくては、生きていく気持ちが続かないのではないか。大門町では町会で15人づつくらい各町会で亡くなっていて、自分が生きているのが不思議な位だし、その人の分も頑張らなくてはと思うと言われていた。しかしそれも生きる希望がなくては続かなく、むしろいつまで経っても希望が見えて
こないと、背負っているものが大きいだけに、より自分ひとりで苦しんでいくことも予想される。 今後の支援の方針としては同じ地域を継続的に支援し続け、住民の方々との顔と顔の見える信頼関係を築き、炊き出しや物資の供給を住民の方と一緒に行えるようにし、更には個人宅の家の片付けに移れたらと思う。 そして炊き出しや物資の供給拠点を住民自らが運営してくことを目指し、さらには介護等助け合い活動も展開し、地域の再生に向かいたい。継続していくことは一ヶ所でも大変な活動であるが、多くの人がボランティアに参加し、自分自身で見てきたこと聞いてきたことを知り合いに伝え広げる中で、支援の輪を広げていきたい。そしてこの自立支援のボランティア活動を行なうことは、いずれ自分の地域の活性化やまちづくりに役立つと思う。被災者のため、自分たちの為に頑張りたい。
(3)今回聞き取った必要物資

・軍手、エプロン、衣装ケース、ダンボール
・虫除けスプレー、日焼け止め、バスタオル、夏用衣類、肌着
・食器・風呂洗剤、歯磨き、柔軟剤
・レトルト米、缶詰、調味料、飲料水
・トイレットペーパー、ティッシュ
・布団、自転車、子どものおもちゃ
・生鮮食品、アルコール
※とにかく家ごとすべてが流されていて、すべての生活用品が継続的に、季節ごとに必要であることが分かった。救援物資が必要ないという情報はまったく違う。
※今回現地でフェアートレードの紹介で現地で合流したボランティアの方の中には首都圏などのラジオ局の方が3人いて、各ラジオ局で必要物資を確認し、放送し集めていた。
※また横須賀の女性はフェアートレードと相談の上、独自に「救援物資担当」という名刺を作り、神奈川で物資を独自に集め、送っていた。(一度現場を見ておきたいと今回石巻に来ていた)








第3回復興支援ボランティアレポート

平成23年5月28日
1、概要
 NPO法人フェアートレード東北の協力のもと石巻市大門町で平成23年5月21日の炊き出しを行った際に、住民より「初めてやってもらって非常に嬉しかった」、「またやって欲しい」という声が多く、2週連続で炊き出しを平成23年5月28日に行う。 小雨が降りしきるあいにくの天気の中、前回の70食を上回る120食のうどんが出て、継続して行うことの重要性を改めて認識。また住民との関係もできはじめ、住民自らが物資の供給を担うことなどを表明。今後の自立した生活支援に向けての足がかりを掴む。
 工程は前回同様に、前日夜9時集合で荷物を積み込み、車2台で横浜市戸塚を夜10時に
出発。翌朝7時には石巻に到着。石巻・女川市内を車中から視察し、8時から炊き出し準備開始。11時より炊き出し及び物資の供給をはじめ、午後2時には終了。片付けは3時には終了し、4時にフェアートレード東北に残った物資を届ける。夜11時には横浜に到着し、解散。荷物を載せた車は夜11時半に戸塚に到着し、荷物を降ろす。
2、参加者
労協センター事業団 神奈川事業本部 組合員5名 (組合員+新人事務局含む)
一般 5名 (新聞公募4名+JA横浜職員)
東北事業本部 組合員2名 (大崎サポートステーション)
以下、フェアートレード東北の紹介で現地にて合流
株式会社ラッシュジャパン キャンペーン担当SV (秋山映美さん)

株式会社東日本放送 コンテンツセンター報道制作局(小原啓さん)
武蔵小杉合同法律事務所 弁護士 (神原元さん)
ヒューマンライツウオッチ 日本代表 弁護士 (土井香苗さん)

ボランティア内容
(1) 炊き出し
・うどん(肉、油揚げ、ねぎ、うどん)
・煮物 (ひじき、大豆、人参)
・サラダ(大根、人参、水菜)
・綿あめ(綿あめ機)→組合員無償提供
・ホットケーキ(ホットケーキミックス、あんこ)

(2) 救援物資
・水、オムツ(三浦市)
・オムツ、毛布、おもちゃ(墨田区社会福祉協議会)
・キュウイフルーツ(JA横浜組合員)
・カレンダー、子ども用消しゴム(川上紙工)
・美容液、美容クリーム(LUSH)
・キャベツ、大根(厚木農家)
・子ども服、おもちゃ、雑貨(組合員)
(3)その他支援
・テント2張(常盤台地区峰岡3丁目自治会)1ヵ月の貸し出し

・車(ボランティア参加者)ボラを同乗し往復
・運転(ボランティア参加者)交代で往復を運転

3、まとめ
 小雨の振る中での炊き出しでしたが、前回(70食)を上回る120食を出した。2週連続で定着してきたことと、今回は天候も悪かったので、11時から地域を4人で回り1軒1軒を訪ね、炊き出しを知らせて回る。
 多くの方が1階は壊れ2階に住んでいて、炊き出しの情報を
知らず、呼び鈴を押したり、扉を開けて知らせるとほぼ全員が喜んで来てくれた。中には週末だけこちらに来て半壊の家を片付け、避難所を出る準備をしている家庭にも幾つか出会い、毎週の炊き出しに合わせて修繕に来ようとか、炊き出しに加えて家の片付けを手伝って欲しいとの依頼を受ける。また十五浜屋は町内の取りまとめ役でもあったようで、ほとんど全員がその存在を知っており、炊き出しや物資の供給拠点としては認知度や好感度が高いことが分かった。
  今回雨という天気もあり、十五浜屋の一部の屋内を活用したが、十五浜屋としても店内を掃除し、再び飲食店を早期に再開したい意向が分かり、次回は炊き出しや物資の供給に加え、店の片づけを行うことにした。このことが成功すれば、更には一般家庭の家の片付けにも着手を考えている。 避難所生活ももうすぐ3ヶ月を迎えようとしている。

 近隣の小学校は避難所となっておりまだ大勢が暮らしている一方、近隣に住む小学生は遠くの小学校に朝早くからバスに乗り通っている現状がある。9月まで市から現状の家等の処分については保留されており、住民は全壊または半壊した家に手をつけられずにいる。しかし避難所生活も3ヶ月に渡り受身の生活が長引いてきており、また小学校としての機能も果せない状況が続いている。そのような中で、現在の壊れた家に少しずつ移りたいという状況が生まれており、在宅生活に向けて家の片づけが少しずつ始まっている。しかしその被害は大きく、とても家族だけで対応できるものではなく、ボランティアの支援が必要とされる。ボランティアセンター等へも依頼したが、なかなか大門町のような小さな町会には来てくれない。在宅生活を支援する家の片付け、物資の供給、食事の提供、介護の派遣などあらゆる在宅支援が必要と感じた。

 実際にフェアートレード東北には認知症の家族が施設が閉鎖し在宅で共同生活をしているが限界に来ているという相談や、1つの保育園に幾つもの保育園児が合同で過ごしている状況があるが、障害児にとっては非常に厳しい環境となっており、親としては児童デイサービスを立ち上げてほしいという相談も寄せられているとのこと。 ワーカーズコープは仕事おこしの協同組合として20年に渡り活動を続けてきたことを伝え、フェアートレードの児童デイ開設の支援を行うことや、ワーカーズコープとして高齢者の生活全般を支える「地域福祉事業所」づくりを住民と共に挑戦したい。

参加者感想

・以前ボランティアセンターを通して参加したが、地元の方との触れ合いがなかったが、今回はじっくりと話を聞け、震災時の体験談や直接感謝の言葉をいただくなどふれあい
があり、充実した活動だった。
・メディアの情報しかなく、事前に現地の情報がほしい。
・現場のニーズをしっかりと帰ってから伝えていきたい。
・現地の人とのふれあいやつながりを大切に感じた。
・以前は何を話しかけてよいか戸惑ったが、2回目で気負わず自然体で話せた。
・前回よりも食数が出ており、地域の人の認識が広がったように感じた。

・温かい食べ物の提供に非常に喜んでもらえた。
・ボランティアをしたかったと以前から考えていたが、やはり個人では難しい。
・少しでも励ますことができればと参加したが、逆に自分たちが現地の人たちの明るく元気な姿や言葉に励まされた。
・参加して直接現場を見て、直接住民の方と話をできたことが良かった。
・現地を歩いて回って声をかけていくという行動を通じて、多くの被災者に参加してもらえ、うれしかった。
・1回のみという訳にはいかず、継続していくことをどのように実現するか最大の課題。
・一人ではできることが限られるが大勢で行うことで多くのことができ、喜びも大きい。

・被災者が主体となるボランティア活動が今後は必要となってくる。
・ワーカーズコープだからこそできる自立支援のボランティア活動を行いたい。
・地元のNPOとの連携だからこそできる、地域の実情に合ったボランティア活動。
time2011-07-12 11:12