当ウェブサイトでは、「ウェブサイトの利便性向上」と「動きのあるデザイン」を目的にJavascriptを使用しております。
これらを正常にご覧になる為には、お使いのウェブブラウザの設定でJavascriptが有効になるように設定する必要が御座います。
詳しい設定につきましては現在お使いのウェブブラウザのヘルプをご参照ください。

神奈川 / 基金訓練修了生が支援物資東北へ

人参、トマト、三浦大根200本
センター事業団神奈川事業本部は、石巻、女川に支援物資を送りました。運んだのは、基金訓練修了生で仕事おこしをしている2人。そのひとり、竹内さんに聞きました。
 神奈川事業本部高成田健本部長の「支援物資を送りたい」の呼びかけに応えて、「行きます」と手を上げたのは基金訓練修了生で、仕事おこしを進めている5人グループの2人、竹内和哉さんと山本浩二さん。労協と歩みを進める企業家、研究者たちが集うフロンティアネットワーク、さらに各事業所や利用者、地域の方からの支援物資を、3月12日と4月5日の2回、直接、石巻と女川に運びました。

 竹内さんと山本さんは、ちょうどエアコン清掃などのハウスクリーニングを「お試し価格」(1000円)で始めたばかりでしたが、「これは行くしかない」と、お客さんに作業日程を延期してもらい、東北へ行くことにしたのです。 炊き出しに必要だろうと人参や三浦大根などの根菜類や、すぐ食べられる新鮮なトマトなどを積み込みました。道路は段差だらけ、海岸線をひたすら夜を徹して走りました。明け方3時、ガソリンスタンドに200台近い車がただひたすら並んでいました。灯油を買う人たちも、薄着で震えていました。石巻では、遠洋漁業の船が2艘家屋に乗り上げ、大きな石が道路を覆い、絨毯爆撃にあったようじゅうたんばくげきに、木片が積み重なるだけの風景に。想像を絶した光景に、声が出ませんでした。 午前5時、石巻のはまかぜの家デイサービスに到着。菊地きいこ理事長から、津波から逃れて九死に一生を得た体験を聞き、「全部なくなっちゃった」と話され、何も言えず、女川へ。女川では、炊きだしで米や大根が喜ばれました。
次の課題はケア
「私はトラックのドライバーとして16年前の阪神大震災の時にも支援物資を運びましたが、これほどの風景はありませんでした。菊地理事長の話を聞いて、これ以上頑張りましょうと軽々しく言えませんでした。また、来ますというのが精一杯でした」と話してくれました。

 竹内さんは、石巻や女川で被災した人たちに何が欲しいか買い物リストを作ってもらって、下着や食べ物を積み込み、4月に2回目の支援物資を運びました。「肉が食べたい」という声に、仙台まで往復し肉と調味料を買って届けたことも。
 被災した家は、塩とヘドロで固まり、人力では掘り起こせない。身分を保障するものが無い。半壊した家に住んでいる人には支援物資も届かない。素早い国や行政の対応が必要ですが、行政が機能していない。自分のことは自分でやるしかない状況で、被災者の疲れもピークに達しています。
  次は、「命があってよかった」から、話を聞いたり、生活の回復や仕事が必要です。
 「労協はすごい。全国のネットワークがいち早く動く。現場へ行くから、細かいニーズに応えられる。自分も被災者なのに、そこから地域への支援も考えている。こんな時に、力が発揮できるのに感激した。これからは、人の支援、人のケアが必要になる。まず、地域の片付けが必要になる。次回は、小型の重機を持って行くつもり」と、竹内さんは話してくれました。




 労協連が加盟する国際協同組合同盟(ICA)のメンバーであるペルーの信用組合Abaco(cooperativa Abaco ) から、労協連宛てに日本語で励ましのメッセージが届きました。
time2011-05-13 14:05